【大会長講演】臨床疫学の原点とは何か? - 多岐に埋もれて羊を見失わない

11.2/15:00〜15:50

【要旨】

第4回年次大会(2021) の理事長講演当時、演者の素朴な疑問は「臨床疫学って何だろう?臨床疫学会って本当に必要なのだろうか?」でした。そこで、臨床疫学の源流と水脈を辿ってみることにし、以下のようなことがわかりました。近代医学の二つの源流は二つ(スコットランドとドイツ). それを統合したJohns Hopkins大学医学部. その「四天王」の一人がW.Oslerで、彼は、内科学初代教授として診療と学生教育に没頭しました。同時に当時の最先端のドイツ流基礎研究(細菌学、病理学)を自らの診療のValidationに活用しました。Oslerの後裔の一人、内科医A.Feinstein(Osler3.5) は、1960年代に、Oslerがドイツ流の実験医学を重視したのと同様に、しかしその代わりに、英国流の疫学・統計学の活用を考案しました。それが後裔達によって臨床疫学として開花したのでした。もう一つの流れは、同じく1960年代に始まった医療そのものを対象としたK.White(Osler3.5) らによる新しい研究でした。それは医療サービス研究、医療の質研究として開花しました(11/3のシンポジウムのテーマです)

そして今回第7回の私の疑問は、「最近若手教員や大学院生が研究カンファランスなどで「それは予測の疑問か?因果の疑問か?」などわけのわからないことを言い出した。聞くと、これは因果推論の考え方によるリサーチクエスチョンの新しい捉え方だと言う。因果推論の本質は?歴史は?それは臨床疫学にとってどのようなインパクトをもたらすのか?」でした。今回はそれを中心に取り上げます。

今大会のテーマは多岐亡羊としました。太古より中国などでは、羊は貴重な動物でした。大切な羊を探すことを目的に戦略・戦術を考え没頭している間に、いつのまにか目的を忘れ、多岐にわたる戦略・戦術に埋没してしまい、肝心の羊を見失っているさまを多岐亡羊としたようです。
では我々が求めている「羊」は何でしょうか? その羊を見つけるための様々な手段を考え没頭している間に、(手段とはたとえば、高度な統計解析法、因果推論、ビッグデータ、機械学習、AIなどです)、その手段そのものが目的となってしまい、肝心の羊を見失っていないでしょうか?

今一度原点に演戻り、我々にとっての羊は何かを確認することが今回の大会の目的でした。ちょうど拙演の次に、東京芸大の日比野学長が「わからないものを引き受ける力」と言う特別講演をしてくださいます。まさにこのテーマこそ私の根源的な問題意識に繋がるものでした。なぜ我々は研究をしているのか? それは、解決法がわからない医療のお困りごとを引き受けること、その中で何とか羊を見失なわないこと、に他なりません。さらに、「わからないことが何なのか、がわからない」と言う事さえ日常茶飯事です。正解が決まっている問題を解く受験勉強とは全く異なる作業です。だからこそ臨床疫学という研究が必要であり、学会があるのだと思い至りました。

この第7回臨床疫学会では、皆様とともに、最近臨床疫学の世界に急速に浸透してきた因果推論について考えるとともに、その上で、2016年に発足した臨床疫学会の原点に改めて立ち還り、未来を展望してみたいと思います。

【演者】

福原 俊一
京都大学 特任教授、福島県立医科大学 副学長、Johns Hopkins大学客員教授、慶応義塾大学客員教授
  • 修練:北海道大学医学部卒、横須賀米海軍病院インターン、カリフォルニア大学 サンフランシスコ校(UCSF)で内科学レジデント、米国内科学会専門医取得後、循環器・総合内科臨床に従事. その後Harvard大学医学部・SPH合同の特別プログラムで臨床疫学の修練を受けた. 1991年 同大学院を修了(MSc).
  • 研究:1991年国際QOL研究プロジェクト(IQOLA)に日本代表として参画. 1997年より国際的腎臓疾患レジストリー研究であるDOPPSのSteering Committee委員を約20年間務める. 所属した京都大学医療疫学研究室から500編以上の英文原著論文を発信。2013年より福島県立医科大学の2拠点で地域と連携したコホート研究を実施、研究成果を世界に発信し、地域に還元してきた. 教授退任後、寄付講座 京都大学地域医療システム学臨床疫学グループ特任教授として引き続き PRO研究、患者中心型レジストリー研究を同僚と継続.
  • 教育:2000年年京都大学 医療疫学分野教授.就任. 在任中20年間で大学院生114名が在籍. 卒業生の約70%がアカデミアで活躍 (うち17名が大学教授)2004年より「腎臓・透析医のための臨床研究デザイン塾」塾長を17年間、2013年より「會津藩校日新館 臨床研究デザイン塾」塾長を現在まで務める.東日本大震災後の2012年、福島県立医科大学副学長に就任、地域医療を支えるAcademic Generalist育成拠点を複数設置、運営. 2013年書籍「臨床研究の道標」を刊行、ロングセラーに。2015年世界医学サミット会長(ベルリン) . 2016年Johns Hopkins大学MPH日本プログラムを開講、京都Instituteを主宰. 現在早稲田大学、慶応義塾大学の客員教授として大学院生への講義・実習に協力.

【座長】

後藤 励
慶應義塾大学 教授

  • 後藤 励

静岡県富士市出身 1998年京都大学医学部卒。神戸市立中央市民病院内科研修を行う。2000年からは京都大学大学院経済学研究科で医療経済学の研究を行い、博士(経済学)取得。甲南大学経済学部、京都大学白眉センターを経て現職。2019年10月より健康マネジメント研究科を兼担し医療経済評価人材育成プログラム及び費用対効果評価公的分析事業を担当。医療経済学会理事、ISPOR(国際医薬経済・アウトカム研究学会)日本部会次期会長等を務める。専門は、健康経済学、医療政策、行動経済学。